僕の座右の銘は「調子に乗らない」だ。
紙に書いて、部屋の壁に貼っていた。
あるとき友達が遊びに来て、その紙を見つけて笑った。
「調子に乗っていいよ」
そのとき僕は、うまく答えられなかった。
この記事は、その答えだ。
調子に乗るとは?「一時の結果」を「自分の実力」だと錯覚すること
調子に乗るとは、一時的にうまくいった結果を、自分に備わった永続的な実力だと思い込んでしまう状態のこと。
社会心理学では「自己奉仕バイアス(self-serving bias)」として研究されている。成功したときは自分の能力や努力のおかげだと考え、失敗したときは運や他人のせいにする認知の傾向のこと。
ここで大事なのは、本人に悪気がないことだ。
嘘をついているわけでも、威張りたいわけでもない。
本当にそう見えている。
◾️「成功は自分の手柄」のほうが、証拠が強い
ひとつ、ちゃんと書いておきたいことがある。
この自己奉仕バイアスを紹介している記事は山ほどあるが、そのほとんどが「成功は自分のおかげ、失敗は他人のせい」とセットで説明している。
でも元の論文を読むと、話が少し違う。
「成功を自分の手柄にする」傾向には支持する証拠がある。だが「失敗を他人のせいにする」ほうは、証拠が乏しい。
Miller, D. T., & Ross, M. (1975). Self-serving biases in the attribution of causality: Fact or fiction? Psychological Bulletin, 82(2), 213-225.
この論文はレビュー研究で、成功時の自己高揚的な帰属には一定の支持があるが、失敗時の自己防衛的な帰属を示す証拠は最小限だった、と結論づけている。
つまり「調子に乗る」ほうが、人間の性質としては筋金入りだということだ。
うまくいったとき、僕たちは高い確率で「自分の実力だ」と思う。
これは意志の弱さではなく、脳の初期設定に近い。
だから僕は、壁に紙を貼るしかなかった。
【実例6つ】調子に乗った人の末路を、僕は近くで見てきた
ここから具体例に入る。
自慢できる話はひとつもない。半分は僕自身の話だ。
僕はもともと記憶が得意なほうだったらしい。
授業を受ければ、だいたい覚えていた。
だから勉強をしなかった。する必要がないと思っていたからだ。
ところが中学から学校に行きづらくなって、授業そのものを受けなくなった。
自分で勉強する習慣はない。当然、成績はどんどん落ちていった。
最終的には、下から数えたほうが早いところまで落ちた。
ひとつ断っておくと、学校に行けなくなったことまで「調子に乗ったせい」にするつもりはない。
HSP気質のせいか、大勢とずっと同じ空間にいるのが本当にしんどかった。あれは仕方がなかったと今でも思っている。
でも「自分はできるから勉強しなくていい」と思っていた部分は、間違いなく調子に乗っていた。
能力があったこと自体は事実だ。ただ、それを使わない理由にしてしまった。
高校のとき、『はじめの一歩』を読んだ同級生がいた。
それ自体はいい。名作だ。
ただ彼は、読んだあとから自分も強くなったと勘違いしたらしい。
人に絡むようになった。今まで絡まなかった相手にまで、絡むようになった。
結果は、全校集会の場で起きた。
我慢の限界に達した同級生に、人前で完全に叩きのめされた。
殴ったほうを擁護する気はない。暴力はどんな理由があっても割に合わない。
ただ、あの場にいた全員が思ったはずだ。
本人以外には見えていた。それが調子に乗るということだ。
僕の従兄弟の話。
なぜか本人の中で自分が有名人ということになっていて、こう言って回っていた。
当然、鼻についた人がいた。
結果、地元の不良グループに連れて行かれて、痛い思いをすることになった。
これも、暴力を振るったほうが正しいという話ではまったくない。
ただ「地元で知られている」と「一目置かれている」は、まったく別のことだった。
本人だけが、その2つを混同していた。
これが僕の一番大きい話だ。
勝った日は、調子に乗って人に奢った。勝った話をしながら奢るのが気持ちよかった。
負けた日は「また勝てるはず」と思って、次の日もパチンコ屋に通った。
そしてまた勝てば、調子に乗って奢る。
ここが自己奉仕バイアスの怖いところで、勝ちは自分の腕、負けは運として処理されていた。
その日の収支だけを見ていたから、気づけなかった。
でもトータルで見れば、明らかな大幅マイナスだ。
借金まではしなかったのがせめてもの救いだけど、貯金なんてできるはずがなかった。
7年近くやめられなかった。
これは一番反省している話だ。
僕は仕事を覚えるのも、成長するのも人より早いほうだったらしい。
だから「自分はなんでもできる」と勘違いした。
そのうち教育係を任されるようになった。
そこで僕がやったのは、自分の基準をそのまま相手に当てはめることだった。
これくらいはできるはず。これくらいの速度で覚えるはず。なぜできないのか分からない。
結果、最初に教えた数人が、仕事を辞めていった。
能力があることと、人に教えられることは、まったく別の能力だった。
できる人ほど、できない人がなぜできないのか分からない。
あのとき僕は、自分の速さを「才能」ではなく「基準」だと思っていた。
これは最近、SNSで何度も見ている光景だ。
いい結果を出した人が、アドバイスを始める。
それ自体は悪くない。役に立つことも多い。
でもだんだん、文章の空気が変わっていく。
理解できないやつが間違っている。
そう書いているわけではない。書いていないのに、伝わってくる。
そして気づくと、それまで反応をくれていた人たちが、静かにいなくなっている。
誰も文句は言わない。炎上もしない。
ただ、反応が消えるだけ。
これが一番怖い末路かもしれない。何が起きたのか、本人には分からないからだ。
なぜ調子に乗ると終わるのか?5つのメカニズム
6つの話を並べてみて、共通していることがある。
全部、一時の結果を、永続する自分の属性だと思い込んでいる。
そしてそう思った瞬間に、次の5つが起きる。
- 学習が止まる。もうできると思っているから、練習も勉強もしなくなる。僕が勉強をやめたのがこれ。
- 検証が止まる。自分が正しいと思っているから、確かめなくなる。トータル収支を見なかったのがこれ。
- 人の話が入らなくなる。助言が「理解できていない人の意見」に聞こえる。SNSで起きているのがこれ。
- 確率を見誤る。勝ちは実力、負けは運として処理するので、現実の数字とズレていく。
- 周りが静かに離れる。誰も面と向かって言わない。ある日、人がいなくなっている。
そして最後に、本人だけが理由を分かっていないという状態が残る。
これが調子に乗った人の末路だと僕は思っている。
怖いのは孤立そのものではなく、なぜそうなったのか一生気づけないことのほうだ。
「調子に乗っていいよ」への答え|自信と調子に乗るの違い
ここで、冒頭の話に戻る。
壁に貼った紙を見て、友達は「調子に乗っていいよ」と笑った。
実はあれ、友達のほうにも一理あると今は思っている。
自分を低く見積もりすぎている人に「調子に乗るな」は、ただの毒だ。
自信がない人がさらに縮こまるだけで、いいことがひとつもない。
だから僕なりに、線を引き直した。
自信
過去の実績を根拠にしている。
そのうえで、次も確かめる。
だから外れたときに気づける。
調子に乗る
過去の実績を根拠にしている。
でも、確かめるのをやめている。
だから外れても気づけない。
入り口は同じだ。どちらも「うまくいった」から始まる。
違うのは、そのあと検証を続けるかどうかだけ。
だから答えはこうなる。
やめてはいけないのは、確かめることのほうだ。
友達に言われたときにこれが言えていたら、と今でも思う。
調子に乗らないための3つの習慣
精神論だと続かないので、僕がやっていることを書いておく。
パチンコで失敗した原因はこれだった。その日の収支しか見ていなかった。
仕事でも同じで、うまくいった1件ではなく、3ヶ月の平均で見る。
調子に乗るのは、たいてい切り取った1点を見ているときだ。
成功したとき、その理由を3つ挙げてみる。
正直に書くと、自分の実力以外が必ず混ざる。タイミング、相手、環境、運。
全部を自分の手柄にしないための、簡単な作業だ。
調子に乗ると、まず「言ってくれる人」から離れていく。
耳が痛いことを言う人を1人でも残しておくと、致命傷になる前に止まれる。
僕の場合、それは壁に貼った紙だった。紙は空気を読まないので、ずっと同じことを言ってくれる。
調子に乗る人の末路について|よくある質問
調子に乗ってる人の末路はどうなりますか?
調子に乗る人の心理には何が働いていますか?
自信を持つことと調子に乗ることは違うのですか?
調子に乗らないためにはどうすればいいですか?
「成功は自分のおかげ、失敗は他人のせい」は本当ですか?
職場に調子に乗っている人がいます。どう対処すればいいですか?
自分が調子に乗っているかどうか、どう確認できますか?
あとがき:いいことがあっても、悪いことがあっても
ここまで6つの話を書いてきた。
半分は自分の失敗で、書いていて何度か手が止まった。
ただ、ひとつだけ伝えたいことがある。
調子に乗った人を、笑いに来た記事ではない。
僕自身が、記憶力でも、パチンコでも、仕事でも、同じことを繰り返してきた。
だから壁に紙を貼るしかなかった。あれは戒めというより、自分への注意書きだ。
そしていま、あなたの周りに調子に乗っている人がいるとしても、その人を変えようとしなくていいと思う。
変えられないし、たいてい本人には見えていない。
あなたの時間を、そこに使う必要はない。
自信は大事だ。持っていい。
ただ、調子に乗っても、いいことはひとつもなかった。
だから僕は、いいことがあっても、悪いことがあっても、メンタルを一定に保てるようになりたいと思っている。
上がりすぎないから、落ちすぎない。
それくらいの温度で、のんびりやっていきましょう🦥
ナマケ者
ゆる哲学の布教者/個人事業主
5歳で父を過労死で亡くし、HSP気質のまま働き続けた結果、ストレスが限界を超えて諭旨解雇。半年の引きこもりを経て今に至ります。毎日通っていたパチンコは7年近く行っていません。統計や法律は一次資料で確認して書いています。
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