足場鳶はきついのか。
きつかった。でも、辞めた理由はきつさじゃない。
朝5時に集合して、夜11時に解散する。1日に3つの現場を回る。
それでも20代前半の僕は、なぜか元気だった。
辞めたのは、親方がこう言っているのを聞いた時だ。
「日当8,000円だけど、どれだけでも使い放題だからな」
その時は、ひどい言い方だなと思っただけだった。
でもあとから調べて、意味がわかった。
あれは悪口じゃなかった。契約の説明だった。
【実録】誘ってくれた友人が、足場鳶の現場から消えていた
仕事を辞めて、ぼーっとしていた時期があった。
そこに高校の友人から連絡が来た。
ちょうど無職だったので、行くことにした。
足場鳶がどんな仕事かは、正直よくわかっていなかった。
数週間後、現場に行くと親方に言われた。
誘った本人が、先にいなくなっていた。
この時点で気づけばよかったんだけどね。
続かなかったのは、僕だけじゃなかったという話だ。
足場鳶の研修で見たビデオと、現場でやっていた事が違った
入る前に研修があった。ここは意外とちゃんとしていた。
| 入る前の研修でやった事 | |
|---|---|
| ① | 事業所とは別の本部へ行く |
| ② | 履歴書を提出する |
| ③ | ビデオを見る(どんな仕事か/足場材にはどんな種類があるか) |
| ④ | 足場材のパンフレットをもらう |
| ⑤ | 作業着をもらって帰る |
悪くない研修だと思った。
ちゃんとしている会社に見えたし、作業着をもらって少し嬉しかった。
ビデオは「足場材を投げてはいけない」と言っていた
ビデオの中で、はっきりそう言っていた。
足場材を投げてはいけない、と。
そして現場に入った。
解体の時は、落としていた。
誰も何も言わなかった。それが普通だった。
研修で「するな」と言われた事を、現場では普通にやっている。
しかもそれが、安全に関わる事だった。
足場材が落ちれば、下にいる人に当たる。ビデオがわざわざ「投げるな」と言っていたのは、そういう理由だ。
会社が安全を教えていなかったわけじゃない。
教えたうえで、現場では守られていなかった。
これ、たぶん足場に限った話じゃないと思う。
研修と現場が食い違っている職場は、他にもたくさんある。
入った会社が大丈夫か確かめる3つのポイント
今ならこう見る、というのを置いておく。
3つ目が一番大事かもしれない。
危ないと言えない現場は、危ない事が起きるまで変わらないからね。
足場鳶の1日は朝5時集合・夜11時解散だった|拘束18時間の中身
足場鳶の1日は、現場で作業している時間だけでは終わらない。
事業所への集合と積み込み、現場から現場への移動、帰ってからの片付け。
それを全部足すと、拘束時間は作業時間よりずっと長くなる。
| 時刻 | やっていた事 |
|---|---|
| 5:00 | 事業所に集合。トラックへ足場材を積み込む |
| 8:00 | 現場① 足場の組み立て |
| 昼過ぎ | 現場② へ移動。解体(バラし)と積み込み |
| 夕方〜夜 | 現場③ へ移動。また足場の組み立て |
| 22:00過ぎ | 事業所に戻って解散 |
📊 拘束18時間の中身
実際に足場を組んでいる時間は、半分くらいしかない
※ 僕が働いていた頃の1日の流れをもとに作成
積み込みと移動と片付けだけで、6時間くらいある。
この6時間は、作業時間として数えられていない。
決まった休憩時間はなかった
休憩は、制度としては存在していなかった。
キリが良ければ「ちょっと飲み物飲もうか」で10分くらい。
昼は1時間近く休めた。
ただ、ガソリン代がもったいないからか、車のエンジンは切っていた。
だから夏でも、建物の陰に座って汗が引くのを待つ。
建物の陰で、汗が引くのを待つ。
当時は何とも思っていなかったけど、今考えるとけっこうすごい。
休憩が「制度」じゃなく「その日の流れ」で決まる職場は、忙しくなった日から先に削られる。
それでも、なぜか元気だった20代前半
汗ビチョビチョで足場材を運んでいた。
なのに、日光を浴びて体を動かしていると、なぜか元気だった。
アドレナリンが出ていたんだと思う。
でも今振り返れば、あれは若さで脳が麻痺していただけだった。
きつい環境が続いてしまう一番の理由は、若いうちは耐えられてしまう事だ。
耐えられるから、おかしいと気づけない。気づく頃には、体のほうが先に終わっている。
「日当8,000円で使い放題」の意味は、契約形態だった
ある日、親方が別の親方に話しているのが聞こえた。
たぶん悪気はなかったと思う。業界では普通の会話だったんだろう。
だけど僕には、自分が人としてじゃなく「定額で使える枠」として数えられている音に聞こえた。
時給に直すと485円だった
あとから計算してみた。
拘束18時間 − 休憩1時間半 = 実働16時間半
日当8,000円 ÷ 16.5時間 = 時給485円
これが2010年頃の話だ。
当時の最低賃金と並べてみると、こうなる。
📊 時給485円は、どこに位置するのか
2010年に日本で一番低かった最低賃金にも届いていない
出典:厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」。2010年度(平成22年度)は全国加重平均730円、最低額642円(8県)、最高額 東京都821円。2026年度は全国加重平均1,176円。
485円に届く最低賃金は、2010年の日本のどこにも存在しない。
じゃあ、これは違法だったのか。
そこで出てくるのが、契約の話だ。
僕の契約は、業務委託だった
ここが全部の答えだった。
足場鳶として入った時、僕の契約は雇用じゃなかった。業務委託だ。
20代前半で、未経験で、足場材の名前も覚えていない状態でだ。
業務委託は、雇用じゃない。
雇用じゃないから、労働時間という概念がない。
労働時間がないから、残業という概念もない。
そして――最低賃金も、適用されない。
だから何時間使っても、契約の上では問題にならない。
つまり、こういう事だ。
契約形態を、正確に説明していただけだった。
親方はひどい事を言ったわけじゃない。
事実を言っただけだった。 それが一番ぞっとする。
「最低賃金の外側」
同じ現場で、同じ作業をしていても、契約が一枚違うだけで、守ってくれる法律が消える。
業務委託なのに、指示されて働いていた
あとから知った事がある。
建設業には「偽装一人親方」という問題があって、国土交通省や厚生労働省が対策に乗り出すレベルで起きている。
契約は業務委託(一人親方)なのに、実際には会社の指揮命令を受けて働いている。
つまり実態は労働者なのに、契約だけ業務委託になっているケースの事だ。
厚生労働省は、指示の受け方によっては実態として労働者と判断される、という基準を示している。
その場合は、労働基準法や最低賃金法の保護を受けられる。
僕のケースがそれに当たったかどうかは、わからない。
何時に集合するか決められていて、どの現場に行くかも決められていて、作業着ももらっていた。
だけど、素人の僕が判断できる事じゃない。
判断してくれる場所がある。
厚生労働省の「総合労働相談コーナー」で、賃金や働き方について無料で相談できる。会社に言う前に、先に聞いていい。
自分の日当を、家を出てから帰るまでの時間で割ってみてほしい。
それが、あなたが今もらっている本当の金額だ。
日当という単位は、時間を隠す。日当8,000円は、8時間なら時給1,000円。18時間なら444円。同じ「日当8,000円」でも、中身は倍以上違う。
50代の親方が「先月の給料17万だった」と言った日
試用期間は1週間だった。
そしてその1週間のうちに、この話を聞いてしまった。
朝5時から夜11時まで人を使っている、その親方自身が。
50代で、手取り17万。
その瞬間に思った。
この人に何年ついていっても、待っているのはこれか。
未来が見えた気がした。そして、その未来は要らないと思った。
上司や先輩の姿は、数年後のあなたの姿だと思ったほうがいい。
嫌な予感がするなら、その予感はだいたい当たる。「この人みたいになりたいか?」で考えると、判断が早くなる。
辞める時、別の親方に「うち来るか?」と言われた
ここからが、この話で一番おもしろいところだ。
同じ現場に、もう1人の親方がいた。
若手を2人連れて、テキパキ現場を回している。明らかに仕事ができる人だった。
辞めると言った時、その人に聞かれた。
正直に答えた。
返ってきたのは「あの人、ミスしてたからね」
想像と違う答えが返ってきた。
詳しくは書かないけど、要するに17万という数字は、足場鳶という仕事の相場じゃなかったという話だった。
その人の事情だった。
足場は、後工程の命を預かる仕事だ。
足場がずれれば、その上で作業する職人の安全に関わる。図面どおりに組めなければ、後の工程が全部止まる。だから業務委託の世界で単価を決めているのは、作業の速さじゃない。「この人に任せて大丈夫か」だ。
速く動ける人が高いんじゃない。
任せて大丈夫な人が高い。
そして「うち来るか?」と言われた
話を聞いたあと、その親方はこう言った。
入って1週間の、何もできない新人にだ。
つまり、同じ現場に、天井の違う場所があった。
遠くじゃない。目の前に立っていた。
「隣の天井」
天井の高い場所は、遠くにあるとは限らない。同じ現場に、並んで立っている事もある。
それでも、行けなかった
行かなかった。というより、行けなかった。
同じ業界で、同じエリアで、確実に顔を合わせるからだ。
前の親方に、どんな顔をすればいいのかわからなかった。
今でもこの判断が正しかったかはわからない。
でも、当時の僕には無理だった。
動けなかった理由は、能力でも待遇でもなかった。
人間関係だった。
今の職場から動けない理由を並べてみると、だいたい「気まずいから」が混ざっている。天井の高い場所が見えていても、気まずさが、そこまでの数メートルを塞ぐ。
しかも僕は、たった1週間で「気まずいから移れない」になっていた。
1週間でこれなら、3年いたらどうなるんだろうね。
結局、最初に誰の下についたかで決まっていた
ここまで書いてきて、一番言いたいのはこれかもしれない。
あの現場には、2人の親方が並んで立っていた。
| 僕がついた親方 | 隣に立っていた親方 |
|---|---|
| 日当8,000円で「使い放題」 50代で手取り17万 僕が入った側 |
若手2人を連れてテキパキ回す 新人に「うち来るか?」と言える 入れなかった側 |
同じ仕事で、同じ現場だ。
違ったのは、僕を誘った友人がどっちの下にいたかだけだった。
僕は自分で選んでいない。
友人から電話が来て、無職だったから行った。それだけだ。
最初に誰の下につくかは、けっこうな部分が運で決まる。
配属も、上司も、教育係も、たいてい自分では選べない。同じ会社に入っても、部署が違うだけで別の会社みたいになる。
だから、うまくいかなかった時に自分を責めすぎなくていいと思っている。
もちろん、腕を上げれば選べる幅は増える。それは間違いない。
でもスタート地点は、けっこう運だ。
そして運が悪かった時にできる事は、ひとつしかない。
引き直すのに、何年もかける必要はない。
前に土木作業員の末路の記事で、叔父の話を書いた。
あそこで日当を決めていたのは会社のポジションだった。
足場の現場で見たのは、契約形態と信用だった。
どっちにも共通しているのは、腕そのものが単価を決めていないという事だ。
足場鳶はやめとけ?続けたほうがいい人と逃げたほうがいい人
ここまで散々書いたけど、誤解のないように言っておきたい。
足場鳶という仕事自体は、悪くない。
学歴も職歴も年齢も関係なく始められて、腕と資格で上がっていける。
厚生労働省の職業情報提供サイト「job tag」によれば、とびの平均年収は414.5万円、有効求人倍率は17.57倍。需要はめちゃくちゃ高い。
問題は仕事のほうじゃなく、契約と、置かれる場所のほうにある。
足場鳶を続けたほうがいい人
| こうなっているなら | なぜ大丈夫か |
|---|---|
| 雇用契約で、社会保険がある | 最低賃金の内側にいる |
| 研修で教わった事が現場でも守られている | 事故のリスクが低い |
| 資格を取らせてもらえる | 体の寿命より、資格の寿命が長い |
| 日当を拘束時間で割っても納得できる | 数字で確認できている |
この4つが揃っているなら、続けていい仕事だと思う。
足場鳶から逃げたほうがいい人
| こうなっているなら | なぜ危ないか |
|---|---|
| 未経験なのに業務委託・一人親方 | 最低賃金も労災も、外側にある可能性 |
| 日当を時間で割ると最低賃金を下回る | 数字ではっきり判断できる |
| 研修で「するな」と言われた事を現場でやっている | 安全が守られていない |
| 上の人の姿が「なりたくない未来」 | 数年後の自分 |
特に一番上。未経験で業務委託は、けっこう危ない。
労災が下りない可能性があるという事だから、高所作業では洒落にならない。
1週間で辞めるのは、逃げなのか
「1週間で辞めた」と書くと、根性がないと思われるかもしれない。
でも、合わない場所に長くいるほど、抜けるのは難しくなる。
体が慣れて、人間関係ができて、「今さら辞めるのも」が積み上がっていく。
現に僕は、たった1週間で「気まずいから移れない」になっていた。
誘ってくれた友人も、先に消えていた。
1週間でわかったなら、1週間でいい。
辞めると言い出せない状況なら、自力で辞められない時の選択肢も書いてある。
次を探す気力が残っていないなら、転職活動に疲れた時の話のほうが先かもしれない。
あと、現場の人間関係で削られているなら、暴言を吐く人の末路も読んでみて。
よくある質問
足場鳶は本当にきついのですか?
体力的にはきつい仕事です。高所での作業に加えて、足場材の運搬や積み下ろしが1日中続きます。ただし負担の大きさは会社によって大きく変わります。現場が近ければ拘束時間は短くなりますし、機械を使える現場なら人力での運搬は減ります。「足場鳶だからきつい」ではなく「その会社の働かせ方がきつい」というケースも多いです。
足場鳶の日当はいくらくらいですか?
未経験からのスタートでは日当8,000円前後という水準もあります。厚生労働省の職業情報提供サイト「job tag」では、とびの平均年収は414.5万円とされています。ただし日当の金額だけを見ても実態はわかりません。拘束時間と休日、休工時の給与、社会保険の有無まで含めて比べる必要があります。
足場鳶の拘束時間はどれくらいですか?
会社によって大きく違います。直行直帰の会社もあれば、事業所に集合して積み込みをしてから現場へ向かう会社もあります。後者の場合、朝5時集合で夜11時解散という日もあり、拘束18時間になることがあります。求人票では現場での作業時間だけでなく、集合場所と時刻、帰社後の片付けまで確認してください。
日当が安いかどうかは、どう判断すればいいですか?
日当を「家を出てから帰るまでの時間」で割ってください。それが実質的な時給です。日当8,000円でも、拘束8時間なら時給1,000円、拘束18時間なら時給444円になります。日当という単位は労働時間を隠してしまうので、必ず時間で割って比べることをおすすめします。
未経験なのに業務委託で働くのは普通ですか?
注意が必要です。建設業では「偽装一人親方」が問題になっており、国土交通省や厚生労働省が対策を進めています。契約は業務委託でも、実際に会社の指揮命令を受けて働いている場合は、実態として労働者と判断され、労働基準法や最低賃金法の保護を受けられることがあります。判断に迷うときは、厚生労働省の総合労働相談コーナーで無料で相談できます。
足場鳶を1週間で辞めても大丈夫ですか?
問題ありません。合わない環境に長くいるほど、体が慣れて人間関係もできてしまい、抜け出すのが難しくなります。特に安全が守られていない現場や、契約内容に不安がある場合は、早く判断したほうが結果的に損が小さくなります。短期間で辞めた経歴が気になる場合は、応募先に伝える理由を整理しておくと安心です。
未経験から足場鳶になれますか?
なれます。入職時に特定の学歴や資格は必要とされず、見習いとして経験を積みながら必要な資格を取得していく職業です。最初は地上での資材運搬や片付け、足場材の名前を覚えるところから始まります。応募前に、最初に担当する作業、高所へ移る条件、教育担当者の有無、資格取得費用の負担範囲を確認しておくとミスマッチを避けやすくなります。
足場鳶から転職するなら、どんな仕事がありますか?
まず「足場鳶という仕事が合わないのか」「今の会社が合わないのか」を分けて考えてください。会社が合わないだけなら、雇用契約で社会保険のある別の足場会社という選択肢があります。高所や屋外そのものが合わない場合は、倉庫内作業や製造、設備管理などの屋内職も候補になります。玉掛けや重機の資格を持っていれば、重機オペレーターやクレーン関連の仕事にも活かせます。
あとがき
誘ってくれた友人は、先に消えていた。
研修のビデオは「投げるな」と言っていたのに、現場では投げていた。
親方は50代で、手取り17万だった。
でも同じ現場に、「うち来るか?」と言ってくれる親方が立っていた。
足場鳶が稼げないんじゃない。
稼げない契約と、稼げない立ち位置があるだけだ。
そして最初にどっちにつくかは、けっこう運で決まる。
運が悪かった時にできるのは、引き直す事だけだ。
あの時の僕は、気まずさに負けて隣の天井には行けなかった。
それでも、あの場所からは抜けた。
今のところ、それは間違ってなかったと思っている。
最後にもう一度だけ書いておくね。
それが、今もらっている本当の金額だから。
無理せず、のんびりいきましょう。🦥
ナマケ者
ゆる哲学の布教者/個人事業主
5歳で父を過労死で亡くし、HSP気質のまま働き続けた結果、ストレスが限界を超えて諭旨解雇。半年の引きこもりを経て今に至ります。毎日通っていたパチンコは7年近く行っていません。統計や法律は一次資料で確認して書いています。
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